淫力魔人がやって来て、探し出してぶっ壊す。それは、獰猛な美学と破壊の黙示録。
淫力魔人がやって来て、探し出してぶっ壊す。それは、獰猛な美学と破壊の黙示録。
目次
Iggy And The Stooges/Raw Power
1973年作品
邦題が、「淫力魔人」ですよ。
どういうこと?ってな衝撃を受けて、あれやこれやを妄想した高校生は、筆者だけではなかった筈。
そして1曲目が、「Search And Destroy」でしょ。
探し出して、ぶっ壊す?
どういうこと?
それだけで興奮しちゃって、もうパニックですよ。
で、実際聴いてみたら、もう眠れなかった。
誤解を怖れずに言うと、本当に殺されるかと思ったから。
先に言っちゃうと、こんなに怖い思いをしたレコードって、ないかも。
これを超える、衝撃っていうかさ。
両耳が、使い物にならなくなるんじゃないかって思ったもんね。
スピーカーが壊れるんじゃないかって、本気で心配したもん。
こんな気持ちになった高校生は、きっと筆者だけではない筈です(2度言う)。
前回のブログで、知性のパンクとしてトーキング・ヘッズについて書きました。
肉体としてのパンク、セックス・ピストルズと比較しながら。
※トーキング・ヘッズについてはこちらもどうぞ
なので今回は、「ゴッドファーザー・オブ・パンク」の異名を持つ、イギー・ポップ率いるザ・ストゥージズについて書きたいと思います。
誕生の地、デトロイトという暴力の街
イギー・ポップとストゥージズのルーツ、それはアメリカのデトロイト。
大企業であるフォード・モーターが君臨する、自動車産業の街でした。
大量生産方式(ベルトコンベアによる組立ライン)を導入したヘンリー・フォードの革命は、労働者階級の大量流入を招き、アメリカンドリームの象徴として繁栄していきます。
しかし1960年代中盤から、状況は一変。
不況と経営の失敗の煽りを受けて、低賃金労働への不満が蓄積。
極端な住宅差別と貧富の二極化が進んで、黒人と白人労働者間の緊張はピークに達しました。
ここで起こったのが、1967年のデトロイト暴動です。
これはアメリカ史上最大規模の都市暴動のひとつで、死傷者続出、街の6分の1が破壊される結果に。
多くの白人が郊外へ脱出する「ホワイト・フライト」も進行しました。
歴史に名を刻んだロックンロール・バンドやパンク・バンドが現れる時って、必ずこういう貧困や社会的矛盾が背景があるのは、もはや必然だよね。
ドクター・フィールグッドもそうだし、セックス・ピストルズもそう。
※フィールグッドについては、こちらをどうぞ
そんな特異な土壌から誕生したのが、イギー・ポップとザ・ストゥージズ。
同じくデトロイトを代表する政治色ギラッギラの伝説的バンド、MC5も同時期に結成されてます。
黒人音楽の聖地であるモータウンもまた、デトロイトだったことも外せない要因。
イギー・ポップもMC5も、ブルースやジャズが大好き。
激しいビートに、黒人特有のR&Bが乗っかる。
これ、もう鉄板の方程式だもんね。
ガレージロックや、パンクの温床になるには思想的にも音楽的にも必然だったわけです。
こうして、肉体労働者と黒人音楽、政治的緊張が渦巻く爆心地となった街、デトロイトで。
イギー・アンド・ザ・ストゥージズのサウンドは、生まれたのでした。
「怒り」と「混乱」を、鼓膜が破れる爆裂サウンドに変えて。
「ゴッドファーザー・オブ・パンク」の所以
イギー・ポップが「ゴッドファーザー・オブ・パンク」と称される理由は、いろいろあるけど。
その音楽性にとどまらず、ステージ・パフォーマンス、ファッション、そして破滅的な生き様全てが、後の1970年代に起こるパンク・ムーヴメントに決定的な影響を与えたことにあります。
1960年代末は、まだロックがサイケデリックやブルース・ロックの洗練された領域にとどまっていた時代。
所謂、フラワー・ムーブメントやラブ&ピースだったわけで。
そんな中でストゥージズが放ったのは、シンプルで野蛮なビート、ノイジーなギター。
そして怒りと退廃の破壊衝動と暴力衝動を綴った歌詞で、時代の空気をズッタズタに切り裂いちゃった。
まさに、ロックンロールの狂気と。
音の凶器。
ライヴ・パフォーマンスも、とにかく過激。
マイクを呑み込むように逆さにくわえて、ナイフで自らの身体を傷付けたり。
ガラスの破片の上を転げ回っては、熱狂する観客にダイブ。
病院に担ぎ込まれることなんてザラ、もはやスタントマンじゃんっていう笑。
これら全てが、ニューヨーク・ドールズやラモーンズ、セックス・ピストルズやザ・クラッシュらに直結する「パンクの原型」となったんだよね。
あとは単純に、出現した年代もあるのかなと。
一般的に、パンク・ムーヴメントって1970年代からじゃん。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドもそうだけど、前衛的過ぎて理解されない、早過ぎた登場。
イギーもヴェルヴェッツも、デビューは1960年代後半だから。
ちなみにイギー・ポップ・アンド・ストゥージズの1stアルバムを手掛けたプロデューサーは、ヴェルヴェッツを脱退した(追放された)ジョン・ケイル。
この繋がり、運命的な邂逅。
こちらも、名盤です。
※ヴェルヴェッツについては、こちらもどうぞ
収録曲:A面
①Search And Destroy
②Gimme Danger
③Your Pretty Face Is Going To Hell
④Penetration
収録曲:B面
⑤Raw Power
⑥I Need Somebody
⑦Shake Appeal
⑧Death Trip
楽曲解説
ここでは、全8曲の中から3曲を取り上げたいと思います。
まずは、やっぱ①。
イントロからさ、殺される!って思わない?
「探し出して、ぶっ壊す」。
何を?
もう、好きにしてくれ!って。
過剰なまでに歪んだギターは、自動車産業の中心地であるデトロイトならでは。
工場の騒音、機械が軋むように炸裂するサウンドが、とにかく不穏。
ひたすら反復するビートは、ベルトコンベアの単調な労働にも聴こえる。
この感じ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンもそうだよね。
モロに影響を受けてるし。
何よりバンド名が、「機械への怒り」。
機械は、体制や資本主義を意味します。
※レイジについては、こちらもどうぞ
ジェームズ・ウィリアムソンのギターが火を噴くように炸裂して、暴走列車の如く突き進むイギーのボーカル。
曲全体がアドレナリンとニヒリズムに満ちており、本作を象徴する1曲です。
レット・ホッド・チリ・ペッパーズのカヴァーも秀逸なので、是非!
一転して、アコースティック・ギターで始まる異色な②。
ドアーズの影響も垣間見られる、やっぱり外せない1曲です。
つーかこの不穏なサウンドは、寧ろ本作中で最も危険かと。
タイトルも、「危険を寄こせ」だし。
静かな狂気を纏って低く囁くようなボーカルが、念仏みたいに耳にこびりついて離れない。
説教ってさ、ガミガミ怒るより、淡々とされる方が怖いじゃん。
あの感じに似てる。
サイケデリックとハード・ロックの境界を曖昧にする、サウンド・テクスチャーが秀逸です。
執拗にリピートされる「Gimme danger, little stranger」の韻の踏み方の色気も抜群で、快楽と破滅の二重性に溺死寸前。
寝る前に聞くと眠れなくなるから、絶対にやめた方がいいです笑。
最後は、B面の冒頭を飾るタイトル・トラック⑤。
初めて映像でイギーを見た時、豹だと思いました。
このクネクネ系は、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーや、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンもそうだけど。
それとはまた違った、うねるしなやかな肢体。
歌舞伎でいうとこの、女形みたいな。
それと矛盾なく同居する、荒々しい男らしさが、マイクへの噛み付き方だったり。
歌じゃなくて、もはや叫びのボーカル。
獰猛さが、違う。
イギーは、三島由紀夫が好きで。
繊細な情けなさというか、男子的な弱々しさというか。
それを超えていく為に、身体を鍛えて筋肉の鎧を纏う。
そんな共通点があるように思います。
今作の核心ともいえるこの曲は、まるで理性を失った即興みたい。
構成を意識するよりも、「衝動」を録音したといって良いと思います。
正に、「ゴッドファーザー・オブ・パンク」。
ギターのパワーコードの反復は暴力的でありながらもどこか美しく、今作の真髄を最も体現している1曲です。
2人の盟友、デヴィッド・ボウイとジョン・ケイル
もうひとつのアメリカン・パンクの始祖、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
当時既にロック・スターとなっていたデヴィッド・ボウイが、イギーに惚れ込んであれこれと援助していたのは有名な話。
今作のミックスを手掛けたのも、ボウイです。
後に、イギー自身がリミックスして再発したレコードもあるので、聴き比べるのも一興ですよ。
イギー自身も影響を受けて、同じ時代を駆け抜けたアメリカのバンドに、MC5やドアーズがいます。
それから、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド。
そのメンバーだったジョン・ケイルがデビュー作をプロデュースしたわけなんだけど。
個人的に、ヴェルヴェッツとイギー・アンド・ザ・ストゥージズの対照性が好きで。
ニューヨークを舞台に、知的且つ退廃的な世界を歌ったヴェルヴェッツ。
静謐な詩の世界を、実験的なコード進行や不協和音と融合させて、文学的でシニカルな「芸術としてのアメリカン・パンク」を生み出しました。
一方のストゥージズは言葉ではなくて、喚きと叫びと衝動が全て。
サウンド構成なんて、まるで興味なし。
むしろ構成を崩すことに価値を見出して、バンドの轟音が向かう先は旋律とは呼べない物。
音の殴打とでも言うか、即物的な音が脳味噌と内臓にずっしりと響く、暴力そのものでした。
ステージ・パフォーマンスもさることながら、思考よりも前に出るのは、肉体の言葉。
あのシャーマンみたいな動きも、しっかりと理に適った美学があったんだよね。
ヴェルヴェッツが、「知性の毒」を静かに注いだ詩人だったとすれば。
ストゥージズは、「肉体の反乱」を叫び続けた原始の獣でした。
そしてその両者が交錯することで、パンクは単なる音楽ジャンルではなく、ロックを次なるフェーズへと昇華させていくことになります。
最後に
影響と遺産
リリース当時、商業的には完全な失敗だった今作。
イギーが影響を受けたヴェルヴェッツにしてもそうだし、何なんだろうね、本物が当時は認められないこの感じ。
でもそれは、時代の先を行き過ぎていただけで。
今振り返ってこうして聴いてみても、このアルバムにはロックンロールとパンクが後に進むべき未来の全てが詰まっていました。
1960年代後半に生まれたバンドだけど、今作発表の1973年までにリリースした3枚のアルバムはどれも、当時まだ無かった「パンク」を間違いなく纏ってるもんね。
感覚的に、1970年代のニューヨークやロンドンのパンクと同じに聴いてる人は、筆者だけじゃない筈です。
それまでロックって呼ばれてた音楽を、違う次元に導いたっていうか。
ダメージを隠さない生々しさ、純度100%の怒り、構造への無関心、そして破壊への渇望。
それは後の、セックス・ピストルズやクラッシュを始めとして。
ニルヴァーナ、ソニック・ユース、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンに至るまで。
途切れることなく、受け継がれていきます。
今でこそ、「パンクの聖典」って言われてるけれど。
今作は、破壊こそが創造へと至る、獰猛な美学の黙示録なのでありました。
ちなみに、下記のジャケはこれまた名盤、前作で2ndの「ファンハウス」。
初めて見た時、ブルース・リーかな?
「燃えよドラゴン」かな?って思った笑。
「セックス・ピストルズを聴いてメロウだと思ったら、これを買え!」ってなキャッチコピーを見たことがあって、うわーセンスあるなぁ!ってニヤニヤした遠い記憶。
こちらも、是非!
今回も最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
それではまた、次の名盤・名曲で。
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この記事を書いた人
Kazuki
合同会社Gencone ナラセル運営代表
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